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ROGER CHRISTIAN/THE VALCANES

ROGER CHRISTIAN/THE VALCANES
P176/ロジャー・クリスチャン(ROGER CHRISTIAN)
<クリスチャンにノートを見せてもらったブライアンはすぐに〈シャット・ダ
ウン(Shut Down)〉の歌詞が頭に浮かんだ。>の解説補足


lastdrag

ROGER CHRISTIAN//The Last Drag(NBI 100)1962

ROGER CHRISTIANとBRIAN WILSONの最初の共作、<Shut Down>での413ダッジとコルベット・スティングレイの対決は、CHRISTIANが高校時代に書いたキャデラック・フィッシュテール・エイトとオールズモービル 88の対決の詩がもとになったものでした。CHRISTIANはこのオリジナルの詩のキャデラックをインパラに変え、<The Last Drag>というタイトルでモノローグ・スタイルで録音、<Shut Down>のリリース以前に発売しています。詩の後半はデッド・マンズ・カーヴなども出てきてだいぶ違いますが、前半はかなり<Shut Down>の歌詞に似ています。この曲はTONY BUTALA(THE LETTERMENのメンバー)とCHRISTIANの共作で、プロデュースはBUTALA-UNDERWOOD-TODDとクレジットされています。

bigbadhodad

ROGER CHRISTIAN//Big Bad Ho-Dad(NBI 100)1962

lorddouglas

LORD DOUGLAS BYRON AND THE CONTINENTALS//Big Bad Ho-Dad(Union 505)1962.3

A面はやはりモノローグ・スタイルの<Big Bad Hodad>でこちらはJOE SARACENOが自分のレーベル、Unionから<Here Comes The Ho-dads>に続いてリリースしたLORD DOUGLAS BYRON AND THE CONTINENTALSのカヴァーでした。<Big Bad Hodad>はTHE HOLLYWOOD ARGYLES名義で<Alley Oop>をNO.1ヒットさせたGARY PAXTONとソングライターのJOHNNY MACRAEがSARACENOと組んで制作したシングルで、こちらはPAXTONがリード・ヴォーカルをとっています。CHRISTIANヴァージョンはPAXTONがアレンジし、THE VULCAINESが演奏しています。THE VULCAINESはTONY BUTALAとBOB TODDのGoliathレコードからシングルを出していたこと、CHRISTIANとDJ/ライヴ・ショウをしばしばおこなっていたことから起用されたと思われます。またTHE MARKETTSのツアー・バンドを務めていたことからSARACENOともつながりがありました。

stompsigh

THE VULCANES//Stomp Sign(Goliath 1348)1962.12

cozimotto

THE VULCAINES//Cozimotto(Goliath 1350)1963.4

THE VULCANESはノース・ハリウッドの高校生ギタリスト、JOHN MASONを中心としたジャズ系のローカル・バンドでしたが、1961年にはロックンロールをプレイし始めます。MASONはTHE MARKETTSに参加していたベーシストのHAL BLECHと知り合い、1961年末、THE MARKETTSにリード・ギタリストとして参加。ライヴやTV出演を重ねるうちにTHE VULCANESがTHE MARKETTSの代役を務めるようになります。1962年11月、TONY BUTALAと知り合いBUTALAのプロデュースで4曲を録音。Goliathから<Stomp Sign/Public Record No.1>()がリリースされ、KFWBとKRLAでエアプレイされはじめます。4月には<Cozimotto/Last Prom>が発売され、KFWBのCHRISTIANの今週のピックアップ・ヒットに取り上げられますが、KFWBのB. MITCHELL REEDに直接電話をかけて曲を売り込んだところ、REEDの怒りを買い以降THE VULCANESのリクエストは受け付けられなくなってしまいます。その後、THE VULCANESはメンバー・チェンジを経て、THE MARKETTS、THE ROUTERS、THE SURFARISとしてライヴを続けながら、GoliathのTHE SURF BUNNIES、THE SILVERTONES、THE LEGGERRIORS、THE SEA SHELLSの録音にも参加し、6月には映画「I'll Take Sweden」にスポット出演。演奏はスタジオ・ミュージシャンによるものでしたが、これがきっかけとなり1964年、Capitolと契約。CapitolはDAVE AXELRODをプロデューサーに4曲を録音します。しかし、リリースしたレコードはヒットせず、サーフ・インストが時代遅れとなる中JACK NITZSCHEをプロデューサーにヴォーカル・ナンバーの<Poison Ivy/My Heart Won't Believe It>をリリースしますが、これらは最終的にGLEN CAMPBELL、JERRY SCHEFなどのスタジオ・ミュージシャンによって仕上げられたものでした。MASONはバンドを辞めUCLAに進学、THE VULCANESは解散し一部のメンバーはTHE BEAR FACTSというバンドでラスヴェガスで活動していましたが、レコード・リリースはないと思われます。(JM)

moonprobe

THE VULCANES//Moon Probe(Capitol 5199)1964.7

liverpool

THE VULCANES//Liverpool(Capitol 5285)1964.10

piosonivy

THE VULCANES//Poison Ivy(Capitol 5423)1965

| THE VALCANES | 12:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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THE MATADORS

P209/マタドールズ(THE MATADORS)
P420<Tony Minichiello、Manuel Sanchez、Vic Diazの3 人のヴォーカル・グループで、コルピックスからは3 枚のシングルをリリース。>の解説補足


foretanity

VICKIE DIAZ//For Eternity(Del-Fi 4149)1960

someantome

VIC DIAZ//So Mean To Me(Donna 1351)1961

JAN AND DEANの<Surf City>のヴォーカルはJAN BERRY、BRIAN WILSON、そしてファルセットを歌ったのがDEAN TORRENCEではなくTONY MINICHIELLOでした。MINICHIELLOはBERRYのユニヴァーシティ高校のクラスメイトで、同じくクラスメイトのMANUEL SANCHEZと、VICKIE DIAZ名義で<For Eternity/Your Mama Said No>、また<So Mean To Me/Mr. Moon>をリリースしていたVIC DIAZとともにTHE GENTSというヴォーカル・グループを作っており、THE GENTSはLibertyから1961年、BERRY参加の<Jump In The Line/Why Do I Love Her>(Liberty 55332)をリリースしています。

aceofhearts

THE MATADORS//Ace Of Hearts(Colpix 698)1963

ivegottadrive
lacorrida

THE MATADORS//I’ve Gotta Drive/La corrida(Colpix 718)1963

comeonletyouself

THE MATADORS//Come On Let Yourself Go Part 1(Colpix 741)1964

THE GENTSはTHE MATADORSと名前を変え、BERRYのアレンジ/プロデュースで<Ace Of Hearts/Parfidia>をリリース。<<Surf City>><<Drag City>>のアルバムでバッキング・ヴォーカルをつとめます。<<Drag City>>アルバム収録のBARRY MANN作の<I Gotta Drive>はヒット間違いなしと思われましたが、BERRYはJAN AND DEANのニュー・シングルとするには不足と考え、THE MATADORSのシングルとしてリリースします。<I’ve Gotta Drive>は<I Gotta Drive>のタイトルを変え、イントロのBERRYの語りをガールフレンドのJIL GIBSONの語りに換えただけでした。B面はメンバーがスタジオで作ったオリジナル曲<La Corrida>が収録。3枚目のシングル<Come On Let Yourself Go Part 1/ Come On Let Yourself Go Part 2>はARTIE KORNFELDとBERRYの共作で、1964年8月封切りのコロムビア映画「THE NEW INTERNS」のテーマソングとして使用されています。

gogowatusi

TONY,VIC AND MANUEL//Go Go Watusi(Reprise 0288)1964

その後、NICK VENETの紹介でマネージャーを雇い、その時にVENETのアイデアでTONY,VIC AND MANUELと名前を変え、VENETとCapitolのFRED BENSONが設立したBEN-VEN PRODUCTIONの制作で<Go Go Watusi/La La Cucaracha(The Roach) >(Reprise 0288)をリリース。<La La Cucaracha(The Roach)>はGENE & WENDELLの<The Roach(Dance) >のスペイン語ヴァージョンでした。このシングルはエアプレイされて注目されたため、すぐにBEN-VEN PRODUCTIONによりアルバム<<TONY,VIC AND MANUEL//A Go Go Hollywood Night Life>>(Reprise RS6139)が制作されます。ラ・シェネガにある小さなスタジオでレコーディングはおこなわれ、JOHNNY RIVERSのヒット・アルバムを真似てライヴ風に歓声が被せられました。しかしアルバムは売れず、TONY,VIC AND MANUELはクラブ・サーキットに活動を移します。ある晩、酔った男にTVショウのパイロット・フィルムに出ないかと誘われ、1964年12月24日からスタートしたチャンネル9の「9th Street A Go-Go」(4回目から「Hollywood A Go-Go」にタイトル変更)という1時間のTV音楽番組に出演することになります。TONY,VIC AND MANUELはTHE SINNERSと名を変えて番組のハウスバンドとなり1966年2月の番組終了までレギュラー出演しました。1965年にはMercuryからTHE SINNERS<You Don’t Love Me/I Like The Look Of You>(Mercury 72388)、<A Change/Goin’ Out Of my Mind>(Mercury 72453)をリリースしています。(JM)

berakup

THE DORIES//Breakup/Stompin'-Sh-Boom(Dore 629)1962

JAN AND DEANのリリースをしていたDore レコードからTHE DORIESという名義のシングルが1958年から528、556、629と出ていて、聴くと同じグループとは思えないんだけど、中でもJAN AND DEANライクな出来の<Breakup>のレーベルを改めて見たら案の定 作者にDIAZの文字が......GOLDENBERGってARNIE GINSBERGかも?。プロデューサーはKIM FOWLY。DoreのTHE DORIESとやたら出てるTHE ZANIESについてはいずれDIGせざるを得ないですね。(Eddie)

| THE MATADORS | 11:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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THE HIT PACK

P209/ヒット・パック(THE HIT PACK)
P420<〈Summer Fever / Mister Big Wheels〉(Colpix 745)が1964 年にリリースされている。>の解説補足


hitpack

THE HIT PACK//Summer Fever(Colpix 945)1964.7

このシングルはSummer Fever/Mr. Big Wheelsの両面ともスクリーン・ジェムスのライター、ARTIE KORNFELDがBOB STAUNTON、BOB WALKERと共作、共同プロデュースしておりTHE HIT PACKはこの3人によるグループ名と思われます。SOULから1965年にリリースされたTHE HIT PACKはSTAUNTON - WALKER作なのでこの2人のプロジェクトがTHE HIT PACKと考えてよいと思われますが、こちらはTHE ARTISTICSに加入するROBERT DOBYNEがリード・ヴォーカルをとっており、このチームの1964年末からのMotownでのソング・ライティングの一環と位置づけられると思います。KORNFELDはJAN AND DEANの「Drag Strip Girl」「Hot Stocker」、そして「Dead Man’s Curve」の共作をしたほか、ホットロッドものではSUSAN LYNNE「Don’t Drag No More」、BERNADETTE CASTRO「Sports Car Sally」のコンポーザーとしてクレジットされています。またJAN BERRYとの共作ではTHE ANGELS「I Idore Him」があり、1965年のSTEVE DUBOFFとのデュオ、THE CHANGIN’ TIMESで「The Pied Piper」、「How Is The Air Up There」、DUBOFF との共作でTHE COWSILLS「The Rain, The Park & Other Things」のヒットを出した後、ウッドストック・フェスティヴァルのプロモーターとして知られるようになりました。(JM)

hitpack2

THE HIT PACK//Never Say No To Your Baby(Soul S35010)1965

dontdragnomore

SUSAN LYNNE//Don’t Drag No More(Capitol 5201)1964.6

sportcarsally

BERNADETTE CASTRO//Sports Car Sally(Colpix 747)1964.7

| THE HIT PACK | 11:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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THE FOUR SPEEDS/THE PENDELTONS

P178/フォー・スピーズ(THE FOUR SPEEDS)/THE PENDELTONS
P425<フォー・スピーズの〈R.P.M. / My Sting Ray〉は未発表の曲〈Barefoot Adventure〉とともに1962 年12月12日にウエスタン・レコーダーズで録音。>の解説補足


STEPHEN J McPARLANDの「The California Sound An Insider's Story」にはBRIAN WILSONが<R.P.M.>のセッションに来て<R.P.M.>のバックグラウンド・ヴォーカルに貢献した、との記述がありますが、ほかの2曲についてのBRIAN WILSONの記述はありませんでした。<R.P.M.>セッションに参加したDICK BURNSはTHE INDIGOSというカレッジ・サーキットで演奏していたバンドのメンバーでUSHERの友人でした。
NICK VENETはGOLDSTEIN/FELDMAN/GOTTEHRER作の<C.C. Cinder>という曲がヒットする、と考えTHE BEACH BOYSに録音させたがっていましたが、BRIAN WILSONが拒否したためUSHERが録音することになり、DICK BURNSとTHE INDIGOSが起用されました。<C.C. Cinder>のレコーディングはGARY USHER(rhythm g)、DICK BURNS(lead vocal,b)、そしてドラマーのWAYNE EDWARDSがうまく叩けなかったためRANDY THOMAS(organ)がドラムもプレイしておこなわれました。

rpm

THE FOUR SPEEDS//R.P.M.(Challenge 9187)1963.2

chugalug

THE SUNSETS//The Chug-A-Lug(Challenge 9186)1963.2

その後すぐにおこなわれたのが<R.P.M.>セッションで、THE INDIGOSはFRANK FAYAD(後にLOVEに参加)に替わってDENNIS McCARTHY(key)、DICK BURNS、WAINE EDWARDS(d)、LES WELSER(sax)というラインナップになっており、WELSERはサックスの出番はなく、DENNIS WILSONがドラムをプレイしたためEDWARDSの出番もありませんでした。1963年2月にこれらのシングルがリリースされたとき、はカーソングではなく、また違うグループ名でリリースしたほうがヒットの可能性がひろがるとの理由からTHE FOUR SPEEDSではなくTHE SUNSETS名義になっています。<C.C. Cinder>のB面曲<The Chug-A-Lug>はやはり1962年12月にGARY USHER(rhythm g)、DICK BURNS(lead vocal,b)、RANDY THOMAS(organ)、LES WELSER(sax)で録音されています。USHERいわく"One of the worst records we did."だそうです。
<R.P.M.>セッションで使用されなかった<Barefoot Adventure>は<Hot Pastrami>をヒットさせていたオックスナードのインスト・グループ、THE DARTELLSのレコーディングでリサイクルされます。THE DARTELLSのマネージャー、TOM AYRESは<Hot Pastrami>とは違ったスタイルでサーフ・ブームにアプローチするため、バンド名をTHE PENDELTONSとし、GARY USHER/MIKE BORCHETTA作の<Board Party>をUSHER/AYRESのプロデュースで録音します。しかし2曲分のレコーディング費用がなかったため未使用だったTHE FOUR SPEEDSの<Barefoot Adventure>のヴォーカルをUSHERが入れ替えてB面曲とします。1963年の10月にはTHE DARTELLSはUSHER作の<Sweet Pea>をTOM AYRESのプロデュースでリリースしています。
THE PENDELTONSの名前は用語解説のペンドルトンの項に書いたように、サーファー/ホットロッダーに大人気のウール・シャツから安易に付けられたバンド名なのですが、THE BEACH BOYSの前身はTHE PENDELTONES、それとはまた別にRENDEZVOUS RECORDSから<The Waddle/Itchy Bon Mash>をリリースしたTHE PENDLETONSがあります。よく見ると全部違うバンド名です。ちなみにシャツのブランドはPENDLETONです。(JM)

boardparty
barefoot

THE PENDELTONS//Board Party/Barefoot Adventure(Dot45-16511)1963.7

itchybonmash

THE PENDLETONS//Itchy Bon Mash(Rendezvous R-194-2)1962

hotpastorami

THE DARTELLS//Hot Pastrami!(Dot DLP 25522)1962

THE SUNSETS3枚目のシングルMy Little Surfin' Woodie/My Little Beach Bunny
は傑曲なのだがこれまで何十枚もFor Saleを見てきたがDJコピーばかりで レギュラー盤を見たことがない。
はたしてレギュラー盤は存在するのか・・・(Eddie)

woodie

bunny

THE SUNSETS//My Little Surfin' Woodie/My Little Beach Bunny(Challenge 9208)



ついでに
P428<The Majorettes というガール・グループが1964 年、〈White Levis' Tennis Shoes ‒ Surfin Hat And Big Plaid Pendleton Shirt〉という曲をリリース>
こちらがそのシングル。

whitelevis

whitelevisLabel

THE MAJORETTES//White Levi's "Tennis Shoes - Surfin Hat And Big Plaid Pendleton Shirt"(Troy 1000)1964

| THE FOUR SPEEDS | 17:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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THE TIGERS

P420/タイガース(THE TIGERS)
<ポンティアックGTO 1965 年モデルの販促用に企画されたスタジオ・グループ>の解説補足


geetotiger
THE TIGERS//GeeTo Tiger(Colpix CP773)1965.4

tigersA
THE TIGERS//GeeTo Tiger(Colpix CP773)sleeve

tigersB
THE TIGERS//GeeTo Tiger(Colpix CP773)sleeve back

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THE TIGERS//Big Sounds Of The GeeTo Tiger(Colpix SPEC773)1965.4

tigersC
THE TIGERS//GeeTo Tiger(Colpix SPEC773)sleeve

tigersB
THE TIGERS//GeeTo Tiger(Colpix SPEC773)sleeve back

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THE TIGERS//GeeTo Tiger(Colpix SPEC773)sleeve inside

1962年からエッソ・ガソリンのキャンペーンで“Put A Tiger In Your Tank”のコピーが用いられます。それにより「速い」=「タイガー」のイメージが拡まってきたところで、ポンティアックは1963年のテンペストからアドバタイジングにタイガーのイメージを使い始めますが、ポンティアックの広報/ミスター・G.T.O.、JIM WANGERSにより1964年モデルのG.T.O.から本格的にイメージ・ネームとしてプッシュされ始めます。GMのタイヤを供給していたUS ローヤル社もG.T.O.仕様のレッド・ラインのタイヤを発売、”Tiger Pows”としてTVで強力な宣伝をし、ポンティアックも黒と金のタイガー・ストライプでディーラーのショールームを飾るなど、大々的にキャンペーンを打ち、その一環としてレコードが企画されます。<GeeTO TIGER>はMIKE RUBINI、DALE HALLCOM、DON BERRIGANによって曲が書かれ、1964年12月17日にユナイテッド・レコーダーズで録音されます。DALE HALLCOMはTHE MAR-KETSの<<Sufer’s Stomp>>のアルバムに参加していた人物で、セッションをとりまとめ、DALE HALLCOM(b) 、MIKE RUBINI(key)、DON PEAKE(g)、ARTIE WRIGHT(g)、GLEN CAMPBELL(g)、BILL PITMAN(g)、ED HALL.JR(d)というメンバーで録音されました。1965年4月に発売、用語解説に書いた2種類のほかに、片面にリード・ヴォーカルがカットされたラジオDJ用1分間コマーシャル・ヴァージョンの<GeeTO TIGER>が収録された(SPOT-773)もリリースされたようです。レコードのキャンペーン用にTHE WILD ONESというバンドが起用され、THE TIGERSとしてプロモーションをおこないました。BARRY HOCKENBERGER(vo,or)、NEAL MOSER(lg/ex.THE VISCOUNTS)、JOHN ANDERSON(rg)、JERRY CERVENCIA(d)、ENZO PIAZZA(b)がそのメンバーでジャケットにも登場しています。(JM)

プロモ盤はよく見るけどレギュラー・レーベル盤は珍しいですね。ただで配っているレコードを誰が買うんだってことですが。(Eddie)

| THE TIGERS | 13:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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